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ESSAY 03 / AIと、自分の手。

AIとは
人工知能ではなく
人工神経である。

私は今、自分の会社のホームページを、自分が本当に欲しかった形に作れるようになりました。お店の人が使うマイページも作れます。でも、目の前にある画面を閉じて、「じゃあ、これを一人でゼロから書いて」と言われたら、今でも書けません。

だとしたら、この2年で作れるようになったのは、AIなんでしょうか。それとも、私なんでしょうか。

株式会社アンケート代表 沓名翔平
SHOHEI KUTSUNA / enquête
AI × NERVE × WORK03 / 03

01「何でもできる」は、
誰のものか

AIは、だいたい何でもできる。今は多くの人が、なんとなくそう感じていると思います。文章も書ける、調べものもできる、プログラムも書ける。

東大生と聞けば、いろんなことができそうだと思う。プロ野球選手と聞けば、野球以外のスポーツもたいていうまいんだろうと思う。一つの大きな力が見えると、人はその先まで自然に想像します。AIも同じです。

でも、そのAIを前にして、「じゃあ、あなたの仕事で何でもできていますか」と聞かれると、多くの人は困るはずです。私もそうでした。AIが何でもできることと、自分が何でもできることの間には、まだ何かが足りない。

私がこの2年でやってきたのは、その間をつなぐことでした。AIを、自分の外にいる賢い相手ではなく、自分の体の中を通る神経として動かせるようにする。神経がつながれば、AIにできることは、そのまま私の手が届く範囲になります。タイトルの「人工神経」は、この感覚から来ています。

どうやってつないできたのか。順番に書きます。

02世の中のことは知っている。
でも、私のことは知らない

私が初めてChatGPTを触ったのは、2024年の1月ごろだったと思います。本格的に使い始めたのは翌年の春。最初の2か月くらいは、寝ても覚めてもAIを触っていました。

話していたのは、うちの会社のことです。なぜこの仕事を始めたのか。お店の人が何に困るのを見てきたか。これからどんな商売をしたいのか。仕事の相談もすれば、雑談もする。そうやって一年近く話していくうちに、GPTとのやり取りには、会社の資料だけを読んでも出てこないものがたまっていきました。

たとえば、うちはお店に代わって営業電話を受けています。仕事内容はこれで説明できます。でも、私がこの仕事をやる理由は、電話を一本減らしたいから、だけではありません。店主が目の前のお客さんに向き合っているとき、営業の話を聞いて、その場で判断するために頭を切り替えなくて済むようにしたい。GPTにうちのことを書いてもらったとき、返事の中に「店舗の“考える余白”を確保する」という言葉がありました。次の仕事を任せる相手にも持っていってほしかったのは、むしろこっちです。

どのAIも、世の中のことはたくさん知っています。けれども、なぜ私が店主の時間を気にするのかは、私が話すまで、どのAIも知りません。世の中の知識の中に、最初から入っていないのは「自分」なんです。 神経をつなぐ最初の一本は、ここでした。

03私は、いきなり
「10」を話してしまう

私は、頭の中で1から9まで考えたのに、人にはいきなり「10」から話してしまうことがあります。社員に結論を言って、伝わらないと「なんで分からないんだ」と思っていました。相手にしてみたら、そこに至るまでの話を聞いていないんだから、分かるわけがないですよね。

私のことを知っているAIにその「10」を渡すと、初めて聞く人に伝わる順番で下書きを作ってくれます。私はそれを読んで、「そうそう、その話が先だった」「いや、今回はその理由で決めたんじゃない」と直せる。私が省いた1から9を、全部そのとおりに言い当てる必要はありません。目の前に出してくれたら、私のほうでどこが違うか分かります。

ただ、いくら話が通じるようになっても、画面を閉じれば会社の資料は一つも片づいていませんでした。頭はつながったのに、手足がない。AIと一緒に「これでいこう」と決めたことを、実際に動かしてくれる人を、私は半年くらい探していました。

04「おはよう」で、
昨日の続きが出てきたら

そんなとき、ある動画を見ました。朝、パソコンに「おはよう」と打つと、今日の予定と、昨日やり残した仕事が出てくる。それを見て鳥肌が立ちました。朝、予定表を開くのは簡単です。私がしんどかったのは、その予定を見ながら「あれはどこまで進んだっけ」と、昨日の自分の頭に戻ることでした。そこをやってくれるものが欲しかったんです。

そこで使い始めたのがClaude Code、略してCCです。パソコンの中にある資料を読んだり、ファイルを作ったりできるAIです。私はここで、GPTと一年近く続けた話の続きをやりたかった。だから「うちの会社とは何か」「私は何を大事にして判断してきたか」を、GPTからCCに渡せる形に書き出していきました。

私が作ろうとしたのは、会社をフォルダで表す仕組みです。会社の考え方を知りたければ、この資料を開く。いま誰と何を進めているかを知りたければ、こちらを開く。予定表には今日会う相手が載っている。仕事の記録には、その相手と前回どこまで話したかが残っている。両方を読めるようにすれば、会う時間だけでなく、何の続きをする日なのかまで出せます。

ここで一つ、見え方が変わりました。予定表と仕事の記録を合わせて朝の準備ができるなら、同じ記録を使って、社員に頼みたい仕事の経緯もまとめられる。何を取り出すかを変えれば、同じ仕組みで別の仕事ができる。一つができると、隣の仕事が急に近く見える。 この感覚を、私はここで初めて持ちました。

05私より詳しい二人に、
先に確かめてもらう

CCを使うようになって、今度は別の心配が出てきました。文章なら、私が読んで「ここは違う」と直せます。でも、自分では作り方が分からなかった仕組みを作ってもらって、そのAIから「これで大丈夫です」と言われたとき、私はどうやって大丈夫だと確かめればいいんだろう、と。

私より詳しい相手が、もう一人いる。だったら、詳しい者同士で一度確かめ合って、話を固めてから私に返してもらったほうがいい。初めは私が一方の答えをコピーして、もう一方のAIに運んでいました。一人に聞いていたときより手応えがあった気がしました。

当時、私は研究者がAI同士をどう話させているかを知りませんでした。私の記憶では、それから数か月たって、「AIオーケストレーション」という言葉で、複数のAIに仕事を分ける話を見かけるようになりました。私には、一体の返事を一人で確かめるのが心配で、もう一体に見てもらった、という順番でした。

065時間分の利用枠が、
約1分で消えた

手応えがあったので、私がいちいちコピーしなくても済むようにしたくなりました。一人目が考える。二人目が確かめる。その意見を受け取って、私に返事をする。うまくいった道を、毎回通るようにしたんです。

私の記憶では、ほんの4回くらい操作しただけで、5時間分の利用枠が約1分で尽きました。写真を一枚替えるだけなら、替えた画面を私が開けば確かめられます。そんな仕事でも、私の決めた手順どおりに、裏では二人が働いてしまう。うまくいったときの手順をそのまま広げて、大失敗したわけです。

この失敗が、自分で「円卓」と名前をつけたやり方につながりました。今は、コーデックスと話が進んだところで、「ここまでの事情を渡して、CCと二人で相談してきて」と頼めます。逆に、違う発想が二つ欲しいときは、「お題は同じでいい。でも、こっちが何を推してるかは言わないで」と頼みます。

たとえば、お店のホームページで最初に何を見せるか。先に「一人目は料理の写真がいいと言ってるよ」と教えたら、二人目も「じゃあ、どの料理にしようか」と考え始めるかもしれません。別々に聞けば、「初めて来る人には、店の入口が分かったほうがいい」という案も出る余地があります。決めかけたことを確かめたいのか、まだ考えていない案に出会いたいのかで、二人への頼み方が変わるんです。

自分の頭の中で別の角度から考え直すのと同じことを、頭の外にいる二人にも頼めるようになった。 神経が、自分の頭の外まで伸びた感じがしました。

07味見はできるのに、
自分の手では直せなかった

そして、最初のホームページの話です。

料理人は、ひと口食べて「もう少しこうしたい」と思ったら、その場で味を変えられます。欲しい味を最初から言葉だけで完璧に説明するのは難しい。でも、ひと口食べれば、今の味と出したかった味の違いは分かる。

私にとってホームページは、長いこと、味見はできても自分の手では直せないものでした。プロに作ってもらったものを見て「なんか違う」と感じても、何が違うのかを作る前に全部言葉にして渡すのは難しい。

今は違います。お店を知らない人のつもりでページを開く。最初に目に入った写真を見て、「この店なら、先に見てほしいのはこっちだった」と思えば、順番を替えて、もう一度開ける。マイページなら、接客が終わった店主のつもりで、さっきの話の続きを探してみる。LINEの案内なら、受け取った人のつもりでスマホを開き、一行目から読んでみる。何百行もあるプログラムを、私が全部読み解く必要はありません。ひと口味見して、自分の手で直せる。

08一つできる
ということは

ここまで書いてきたことを並べてみます。自分の考えをAIに渡すこと。結論だけの話を、伝わる順番に直すこと。朝の予定と昨日の続きをつなぐこと。自分では確かめきれない仕組みを、別のAIに確かめさせること。ホームページを、味見しながら自分の手で直すこと。

どれも、一見すると別々の仕事です。でも、私がやっている動きは毎回同じでした。欲しい場面をはっきりさせる。それをAIに渡せる形にする。返ってきた実物にさわって、違えば直す。自分だけで確かめきれないところは、別のAIに聞く。

そして、二年前の私は、このどれも作り方を知りませんでした。

時速100キロで右に走れる人は、左にも、後ろにも、100キロで走れます。それだけ走れるなら、体力が要る仕事はたいていこなせるはずです。ホームページは、私がたまたま走った一つの方向にすぎません。

AIは、だいたい何でもできる。そのAIが、自分の神経としてつながっている。だとしたら、まだ私が手を伸ばしていない仕事も、同じように始められるはずです。

EPILOGUE

手を伸ばしてから、重さが分かる

私は今でも、なぜ手や足が思いどおりに動くのか、うまく説明できません。それでも、手を伸ばして、触れたものが思ったより重ければ、もう片方の手を添えられます。AIの中で何が起きて画面ができるのかも、私は全部は分かりません。でも、欲しいほうへ動かして、返ってきたものに触れて、次の動きを自分で決められる。二年前には自分の手が届く仕事だとも思っていなかったところで、それができるようになりました。

もし、あなたの仕事にも「こうなったらいいのに、どう作ればいいか分からない」ものがあるなら。それは、まだ誰も手を伸ばしていないだけかもしれません。一緒に手を伸ばしてみたいときは、声をかけてください。

LET’S TALK

「こうなったらいいのに」を、
そのまま話してください。

うまく説明できなくても大丈夫です。誰が、いつ、何に困っているか。そこから一緒に手を伸ばします。

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